ビジネスにおいて避けて通れない契約書。
しかし、その難解な日本語表現に頭を悩ませた経験はありませんか?
本記事では、法的効力を保ちながらも、明確でわかりやすい契約書の日本語表現について解説します。
ビジネスパーソンが知っておくべき契約書の基本から応用まで、実践的なガイドをお届けします。
この記事でわかること
- 契約書特有の日本語表現とその意味
- 法的効力を保ちながら明確な表現にする方法
- ビジネスシーン別の契約書作成テクニック
- 契約書作成時の一般的な間違いと対処法
- 効率的な契約書レビューのポイント
それでは、契約書の日本語表現について、基本から応用まで解説していきましょう。
契約書の日本語表現の基本
契約書特有の日本語表現には、長い歴史と法的な背景があります。
基本を理解することで、より効果的な契約書作成が可能になります。
契約書言語の特徴
契約書では「甲は乙に対し」「本契約に基づき」などの独特な表現が使われます。
これらは法的な厳密さを確保するために発展してきました。
特に注意すべきは、「shall(〜するものとする)」「may(〜することができる)」などの助動詞に相当する表現で、権利・義務関係を明確にします。
【具体例】
- 「甲は、乙に対し、本件商品を納入するものとする」(義務規定)
- 「甲は、必要と認める場合、本契約を解除することができる」(権利規定)
【間違いやすいポイント】
日常会話の「〜する」という表現と「〜するものとする」は法的には大きく異なります。
前者は単なる状態説明、後者は法的義務を示します。
契約書の基本構造と表現
契約書は一般的に「前文」「本文」「末文」の3部構成です。
それぞれの部分で使われる表現には一定のパターンがあり、これを理解することで契約書全体の把握がしやすくなります。
【具体例】
- 前文:「株式会社○○(以下「甲」という)と株式会社△△(以下「乙」という)とは、〜について、以下のとおり契約(以下「本契約」という)を締結する。」
- 本文:「第○条(目的)本契約は、〜を目的とする。」
- 末文:「本契約の成立を証するため、本書2通を作成し、甲乙記名押印のうえ各1通を保有する。」
【間違いやすいポイント】
日付の表記(和暦/西暦)や数字の表記(漢数字/アラビア数字)に一貫性がないと、解釈に齟齬が生じる可能性があります。
敬語と契約書表現
ビジネス文書では敬語が重要ですが、契約書では当事者間の対等な関係を表すため、特定の敬語表現は避けられます。
【具体例】
- 一般ビジネス文書:「貴社におかれましては、ご査収のほどお願い申し上げます。」
- 契約書:「乙は、本件商品を受領後、速やかに検収を行うものとする。」
【間違いやすいポイント】
契約書内で「お支払いいただく」などの敬語を使うと、当事者間の関係が不明確になります。
法的効力を保つための表現技術
契約書が法的文書として効力を持つためには、特定の表現技術が必要です。
ここでは、法的効力を確保するための核心的なテクニックを解説します。
義務と権利の明確な表現
契約における義務と権利を明確に区別することは、後のトラブル防止に不可欠です。
日本語では助動詞のニュアンスで表現します。
【具体例】
- 義務表現:「〜しなければならない」「〜するものとする」「〜する義務を負う」
- 権利表現:「〜することができる」「〜する権利を有する」「〜は〜の裁量により」
【間違いやすいポイント】
「〜する」という曖昧な表現は、義務か単なる状態説明か解釈が分かれる可能性があります。
定義条項の作成技術
契約書では用語の定義が極めて重要です。
明確な定義があることで解釈の余地を減らし、法的紛争を予防できます。
【具体例】
第2条(定義)
本契約において、次の各号に掲げる用語の意味は、当該各号に定めるところによる。
(1)「本件商品」とは、別紙1に記載される商品をいう。
(2)「納入日」とは、甲が乙に本件商品を納入し、乙が検収を完了した日をいう。
【間違いやすいポイント】
定義した用語を契約書内で一貫して使用しないと、解釈に混乱が生じます。
「本件商品」と定義したものを後の条項で単に「商品」と記載するなどの不一致は避けるべきです。
条件と例外の表現方法
契約では条件や例外を明確に示すことが重要です。
曖昧な表現は将来的な紛争の原因となります。
【具体例】
- 条件表現:「〜の場合に限り」「〜を条件として」「〜ことを前提に」
- 例外表現:「ただし、〜の場合を除く」「〜にかかわらず」「〜場合はこの限りではない」
【間違いやすいポイント】
条件と例外の関係が不明確だと、どのような状況で義務が発生するか不明確になります。
ビジネスシーン別契約書の表現方法
ビジネスシーンによって契約書に求められる表現は異なります。
主要なシーンごとの効果的な表現方法を紹介します。
取引基本契約書の表現
継続的な取引関係を規定する基本契約では、個別契約との関係性や長期的な権利義務関係の表現が重要です。
【具体例】
第○条(個別契約)
1. 本契約に基づく個別の取引(以下「個別契約」という)は、甲の発注に対し乙が承諾することにより成立するものとする。
2. 個別契約の内容が本契約と異なる場合は、個別契約の規定が優先するものとする。
【間違いやすいポイント】
基本契約と個別契約の関係性が不明確だと、どちらの条件が優先されるか争いになる可能性があります。
雇用契約書の表現
雇用契約では、労働条件の明確化と法令遵守が特に重要です。
【具体例】
第○条(労働時間)
1. 従業員の所定労働時間は、1日8時間、1週間あたり40時間とする。
2. 前項の規定にかかわらず、会社は、業務の都合により所定時間外労働を命じることがある。
【間違いやすいポイント】
「業務の都合により」などの曖昧な表現だけでは、時間外労働の範囲や条件が不明確になります。
法的には上限や割増賃金についても明記する必要があります。
秘密保持契約(NDA)の表現
情報の機密性を保護するNDAでは、保護対象情報の範囲と義務内容の明確化が不可欠です。
【具体例】
第○条(秘密情報)
本契約において「秘密情報」とは、本契約の目的のために開示者が被開示者に開示する全ての情報であって、(i)開示の際に「秘密」「Confidential」その他秘密である旨の表示がなされた情報、または(ii)口頭で開示された場合は開示時に秘密である旨が示され、開示後14日以内に書面で秘密である旨が確認された情報をいう。
【間違いやすいポイント】
秘密情報の定義があいまいだと、何が保護対象か不明確になり、契約の実効性が低下します。
契約書の明確化テクニック
法的効力を維持しながら、読み手にとって理解しやすい契約書を作成するための実践的なテクニックを紹介します。
箇条書きと項番号の効果的活用
複雑な条件や義務を明確にするためには、箇条書きや項番号の適切な使用が効果的です。
【具体例】
第○条(解除事由)
甲は、乙に次の各号のいずれかの事由が生じた場合、直ちに本契約を解除することができる。
(1) 本契約に違反し、甲からの是正要求後30日以内に当該違反を是正しないとき
(2) 差押、仮差押、仮処分、競売の申立てまたは租税滞納処分を受けたとき
(3) 破産手続開始、民事再生手続開始または会社更生手続開始の申立てがあったとき
【間違いやすいポイント】
箇条書きの各項目間の関係(「かつ」か「または」か)が不明確だと解釈に争いが生じます。
平易な日本語への言い換え技術
法律用語を必要以上に使用せず、平易な日本語に置き換えることで理解しやすい契約書になります。
【具体例】
- 変更前:「甲は本契約に基づく権利義務を第三者に譲渡または移転してはならない。」
- 変更後:「甲は、本契約から生じる権利や義務を他の人や会社に譲ることはできない。」
【間違いやすいポイント】
平易にするあまり法的正確性を欠くと、本来の意味が変わってしまう可能性があります。
図表の活用による明確化
複雑な手続きやスケジュールは、文章だけでなく図表を用いることで理解が促進されます。
【具体例】
第○条(支払条件)
1. 乙は、本件商品の対価として、以下の表に従い、甲に代金を支払うものとする。
| 支払期日 | 支払金額 | 支払方法 |
|--------|--------|--------|
| 契約締結日 | 総額の30% | 銀行振込 |
| 納品完了日 | 総額の70% | 銀行振込 |
【間違いやすいポイント】
図表と本文の内容に不一致があると、どちらが優先されるか争いになる可能性があります。
実践例と解説
実際の契約書の文例を分析し、効果的な表現と改善点を解説します。
ビジネスパーソンが直面する典型的なケースに焦点を当てています。
販売代理店契約の表現例
販売代理店契約における重要条項の表現例と解説です。
【具体例】
第○条(独占権)
1. 甲は、乙に対し、契約地域内における本件商品の販売に関し、独占的権利を付与する。
2. 前項の規定にかかわらず、甲は、以下の各号に該当する場合、自ら本件商品を販売し、または第三者をして販売せしめることができる。
(1) 乙が連続する3か月間、第○条に定める最低販売数量を達成できなかった場合
(2) 乙が本契約に重大な違反をした場合
【解説】
- 「独占的権利を付与する」という明確な表現で権利の内容を特定
- 「前項の規定にかかわらず」で例外を明示
- 「自ら…販売し、または第三者をして販売せしめる」で権利内容を具体的に記載
- 箇条書きで例外事由を明確化
業務委託契約の表現例
業務委託契約における成果物の取扱いに関する条項例です。
【具体例】
第○条(成果物の権利帰属)
1. 本契約に基づき乙が作成した成果物(以下「本件成果物」という)に関する著作権(著作権法第27条及び第28条に規定する権利を含む)その他一切の知的財産権は、本件成果物の作成と同時に乙から甲に移転するものとする。
2. 乙は、甲及び甲が指定する第三者に対し、著作者人格権を行使しないものとする。
【解説】
- 「成果物」の定義を明示
- 著作権法の具体的な条文を引用し権利範囲を明確化
- 「移転するものとする」という義務表現の使用
- 著作者人格権の不行使という重要な約束を明記
和解契約の表現例
紛争解決のための和解契約における表現例です。
【具体例】
第○条(清算条項)
1. 甲及び乙は、本契約に定めるもののほか、本件紛争に関し、本契約締結日現在において甲乙間には何らの債権債務も存在しないことを相互に確認する。
2. 甲及び乙は、本契約締結後、本件紛争に関し、相手方に対して裁判上又は裁判外において何らの請求も行わないことを確約する。
【解説】
- 「相互に確認する」という表現で合意事項を明確化
- 「何らの債権債務も存在しない」という包括的な表現
- 「確約する」という強い約束の表現
- 「裁判上又は裁判外」と範囲を明確化
契約書表現の応用テクニック
より洗練された契約書を作成するための応用テクニックを紹介します。
これらを活用することで、法的安全性と明確性の両立が可能になります。
外国語契約書の日本語対応
グローバルビジネスでは英文契約書を日本語に対応させることも多くあります。
正確な翻訳と法的効力の維持が重要です。
【具体例】
第○条(正文)
本契約は、日本語及び英語で作成され、両者間に矛盾または不一致がある場合は、日本語版が優先するものとする。
【間違いやすいポイント】
どの言語版が優先するか明記しないと、解釈に争いが生じる可能性があります。
法改正への対応表現
法律や規制は変更されることがあるため、それに対応する表現が必要です。
【具体例】
第○条(法令遵守)
甲及び乙は、本契約の履行に際し、適用される全ての法令(その後の改正を含む)を遵守するものとする。
【間違いやすいポイント】
「その後の改正を含む」という表現がないと、契約締結時の法令のみが適用されると解釈される可能性があります。
デジタル契約の特殊表現
電子契約特有の事項を規定する表現技術です。
【具体例】
第○条(電子署名)
1. 本契約は電子署名により締結することができる。
2. 電子署名された本契約は、書面による契約と同等の法的効力を有するものとする。
3. 甲及び乙は、電子署名された本契約の電子データを、本契約の原本として取り扱うものとする。
【間違いやすいポイント】
電子署名の有効性条件や保存方法について明記しないと、後日その有効性が争われる可能性があります。
契約書作成の注意点と失敗例
契約書作成において避けるべき一般的な間違いと、その対処法を紹介します。
曖昧表現による紛争事例
曖昧な表現が原因で紛争に至った実例とその教訓です。
【具体例】
- 失敗例:「甲は、納期に遅れた場合、相当額の違約金を支払う。」
- 問題点:「相当額」という曖昧な表現が争いの原因に
- 改善例:「甲は、納期に遅れた場合、1日あたり契約金額の0.1%(ただし、契約金額の10%を上限とする)の違約金を乙に支払うものとする。」
【間違いやすいポイント】
「合理的な」「適切な」「速やかに」などの主観的な表現は、具体的な基準や期限で置き換えるべきです。
不必要な法律用語の使用
専門的すぎる法律用語は、かえって誤解を招く原因になります。
【具体例】
- 失敗例:「本契約に違背し、相手方に訴求したる場合」
- 問題点:古い法律用語による理解困難
- 改善例:「本契約に違反し、相手方が訴えを提起した場合」
【間違いやすいポイント】
古い法律用語や難解な言い回しは、むしろ正確な理解を妨げることがあります。
矛盾条項の防止策
契約書内の矛盾を防ぐための対策です。
【具体例】
- 失敗例:第5条で「乙は甲に30日前に通知することで解約できる」と規定し、第10条で「乙は甲に60日前に通知することで解約できる」と規定
- 問題点:解約通知期間の矛盾
- 改善例:「第10条(解約)第5条の規定にかかわらず、乙が本契約を解約する場合は、甲に60日前までに書面で通知するものとする。」
【間違いやすいポイント】
長文の契約書では、条項間の整合性確認が不十分になりがちです。最終チェックで矛盾がないか確認することが重要です。
まとめ:効果的な契約書表現の実践へ
本記事では、契約書における日本語表現の基本から応用まで解説してきました。
法的効力と明確さを両立させる契約書作成のポイントをまとめます。
- 基本原則を押さえる:契約書特有の言い回しには法的な意味があります。基本構造と表現を理解することが第一歩です。
- 義務と権利を明確に区別:「〜するものとする」「〜することができる」など、義務と権利を明確に区別する表現を使い分けましょう。
- 定義を徹底する:契約の核となる用語は必ず定義し、その定義を一貫して使用することが重要です。
- 構造化と視覚化:箇条書きや表を活用して情報を構造化し、視覚的に理解しやすくします。
- 平易な言葉への言い換え:必要以上に難解な法律用語を避け、できるだけ平易な表現に置き換えましょう。
- 曖昧表現を排除:「合理的な」「適切な」などの主観的な表現は、できるだけ具体的な基準に置き換えます。
- 最終チェックを怠らない:矛盾条項がないか、定義が一貫して使用されているか、最終的な確認が重要です。
契約書は、ビジネス関係を規定する重要な法的文書です。
適切な日本語表現を用いることで、法的紛争を予防し、スムーズなビジネス関係を構築する基盤となります。
本記事で紹介した技術を実践し、効果的な契約書作成にお役立てください。
よくある質問(FAQ)
Q1: 契約書で「〜するものとする」と「〜しなければならない」はどう違いますか?
A1: どちらも義務を表す表現ですが、「〜するものとする」はやや柔らかい表現で一般的な契約義務に使われ、「〜しなければならない」はより強い義務を示す場合に使われます。
法的効力に大きな違いはありませんが、文脈に応じて適切に使い分けることが望ましいです。
Q2: 契約書の中で図表や例を入れても法的に問題ないですか?
A2: 図表や例は契約内容の理解を助けるもので、適切に使用すれば法的問題はありません。
ただし、図表と本文の内容に矛盾がないように注意し、必要に応じて「本文と図表が矛盾する場合は本文が優先する」などの規定を入れておくとよいでしょう。
Q3: 英文契約書を日本語に翻訳する際の注意点は?
A3: 法律用語の正確な対応、文化的な違いの理解、どの言語版が優先するかの明記が重要です。
また、専門的な法律翻訳のスキルを持つ人材に依頼することをお勧めします。
Q4: 契約書のレビューで特に注意すべきポイントは?
A4: 定義の一貫性、義務と権利の明確さ、条件と例外の表現、矛盾条項の有無、数値や期日の正確さなどをチェックすると良いでしょう。
また、法的要件を満たしているかの確認も重要です。
Q5: デジタル契約書を導入する際の法的なポイントは?
A5: 電子署名法に準拠していること、本人確認の方法、データの保存方法と期間、電子署名の有効性を明記することが重要です。
また、システムの安全性や証明力についても考慮する必要があります。